締めた数字が読まれない
期限どおりに帳簿をまとめても、経営者が見るのは納税額だけでした。資料を渡すと「今月は大丈夫ですか」と聞かれます。数字は正確に整理しているのに、次の判断につながっていない。そんな面談が続いていました。
私は税理士として、事務スタッフと小さな事業者を支援しています。記帳や申告をきちんと行うことは、もちろん仕事の土台です。ただ、数字を渡した後、経営者が何を決めようとしているかまで聞けていませんでした。
売上が増えた月には、私も安心していました。でも、経営者の表情は明るくありません。仕事はあるのに休めず、手元にお金が残った感じもしない。帳簿が間違っているのではなく、相手が知りたい問いに、別の数字で答えていたのかもしれません。
経営者たちの雑談に出る共通点
KANOEで経営者と話すと、「忙しいのに残らない」という言葉を、業種の違う人から聞きました。大きな依頼を受けたのに、月末は余裕がない。値上げを考えたいけれど、何を根拠に話せばよいか分からない。
ある制作事業者からは、「利益が少ないのは分かるけれど、どの仕事を変えたらいいのかを一緒に見たい」と相談されました。必要なのは総額への感想ではなく、仕事ごとの違いを知ることでした。
請求書だけを見ると、確かに大きな案件が会社を支えているように見えます。でも、その案件に誰が何時間使ったか、何度やり直したかは、請求金額からは分かりません。そこで、本人が残していた予定と作業記録も見せてもらうことにしました。経営者の感覚を否定せず、その感覚がどこから来るのかを確かめる作業です。
三つだけ見る月次
六か月分の案件別売上と作業時間を並べました。納品までの時間だけでなく、打ち合わせや修正対応も含めます。記録がない部分は、正確な数字のように扱わず、推定した範囲を分けて残しました。
すると、売上上位の二案件で、一時間当たりに残る利益が全案件平均の六割程度でした。ここで比べたのは会社全体の利益額ではなく、案件の売上から直接かかった費用を引き、修正を含む作業時間で割った、比較用の採算です。請求額を時間で割る時間単価も併せて見ました。
仕事の規模が違うので、総額だけでは見えない差がありました。「あの仕事は大きいから大事」という判断には理由があります。それでも、追加の確認や修正が重なれば、他の仕事を受ける時間までなくなります。経営者が感じていた忙しさが、初めて案件ごとに見える形になりました。
経営者は、修正が多い案件ほど丁寧に対応できていると考えていました。それ自体は大切な姿勢です。でも、その手間を料金や進め方へ反映しないままでは、担当者の余裕だけが減ります。数字にすると、丁寧さを守るためにも条件を話す必要があると分かりました。
仮説と税務を混ぜない
その表を見て、私は二案件をすぐ値上げすべきだと言いかけました。でも、経営者には、長い取引の中で育てたい相手だという事情もありました。採算の低さを見つけることと、取引をどうするかを決めることは別です。
数字から確認できたこと、記録が足りないこと、次に試す仮説を分けました。税務上の確認と、経営上の選択も混ぜません。判断を代わるのではなく、本人が理由を持って選べる材料をそろえたいと思いました。
毎月見るメモは、売上、案件ごとの採算、作業時間の三つに絞りました。細かい表は残しても、面談で全部を説明しない。次月に試すことを一つ決め、その結果を戻せるようにする。数字を増やすより、数字と次の行動をつなぐことが必要でした。
月次メモには、決めなかったことも残しました。材料が足りないまま結論を出さず、次に何を記録すればよいかを決める。面談で答えを一つ出すことより、その判断の条件をはっきりさせる方が役立つ場面もありました。
一つの値上げを追いかける
最初に試したのは、一案件で修正の範囲を明確にすることでした。すべてを一律に値上げするのではなく、今の料金に含む作業と、追加で相談する作業を分けました。
経営者は、相手に嫌がられるのではと心配していました。そこで、これまでどの対応が増えていたかを整理し、必要な説明を本人の言葉で考えてもらいました。価格の交渉を私が代わるのではありません。何が変わるのかを、数字と仕事の両面から確かめました。
翌月、請求額だけでなく作業時間も追いました。金額が上がっても、その分だけ対応が増えれば同じです。短い期間なので結論を急がず、見積りの伝え方と実際の修正を見ます。以前の面談なら総額を見て終わっていたところに、具体的な仕事の会話が残るようになりました。
値上げだけでなく、確認をまとめてもらう案も検討しました。請求額を変えなくても、細切れの連絡が減れば作業の見通しは変わります。利益の低い仕事を切るか続けるか、という二択にせず、どの工程を変えられるかを先に考えました。
専門外を手放す
相談が広がると、私の専門外も出てきます。人を増やす話は社労士へ、備えについては保険の担当者へ、記録の仕組みはIT支援者へ。経営者の同意を得たうえで、必要な論点を分けてつなぎました。
誰かに紹介すれば全部解決するわけではありません。作業時間を残す仕組みを入れても、入力の負担が大きければ続きません。IT支援者が簡単な記録の方法を提案し、私は月次でどの数字が必要かを伝えました。互いの仕事が重なるところだけを確認します。
継続の相談では、記帳や申告と、案件の採算を振り返る支援の範囲を分けて説明しました。何でも気軽に聞けることと、何でも無制限に引き受けることは違います。範囲を明らかにした方が、経営者も今どの相談をしているのかを把握しやすくなりました。
紹介されやすい相談とは
経営者から別の事業者を紹介されたとき、伝えられていたのは「節税に詳しい人」だけではありませんでした。「忙しい理由を、仕事ごとに一緒に見てくれる人」と聞いて来たそうです。
その紹介は、私にとっても相談を始めやすいものでした。相手は完璧な帳簿を持ってくる必要はないと分かっています。今、何が分からないのかから話せます。数字をきれいにする前に、知りたい問いを置けるようになりました。
ただ、同じやり方で全員が利益を増やせるわけではありません。記録の粒度や、契約の形も違います。必要な情報を一緒に確認し、合わない支援は提案しない。具体的な相談を受けられることと、結果を約束することを混同しないようにしています。
紹介先には、前の会社の表や数字を見せず、進め方だけを説明しました。役立った経験を共有することと、顧客の情報を広げることは別です。必要な記録がまだなければ、次の月から残せるものを一つ決める。整った過去がないことを理由に、相談を止めないようにしました。
次の判断に数字を使う
売上上位の仕事が、悪い仕事だったわけではありません。問題は、その仕事を支える時間や手間を見ないまま、会社の成長を判断していたことでした。数字を見る単位を変えると、忙しさの意味も変わりました。
経営者は、すべての仕事で高い利益を目指すのではなく、続けたい仕事と見直す仕事を分けて考えるようになりました。私も、帳簿の説明だけで面談を終えることが減りました。別の専門家と話せる関係があることで、数字の先にある実務へ相談を渡せています。
今は記帳や申告に加え、小さな事業の数字を次の判断へつなげています。帳簿が整っていない段階でも、現状の困りごとからご相談いただけます。忙しいのに、何が残っているのか分からない。そんな実感を、確かめられる問いへ変えるところから始めています。
営業前に考えておきたいこと
顧客理解:前月比だけでなく、単価、時間、継続契約のどこに変化があるか。
小さな実証:数字を三つに絞った月次メモを作り、次月に試すことを一つ決めました。
仕事の境界:税務上の事実、経営上の仮説、他専門家の確認事項を明確に分けます。
