二店舗目を勧められるたび
予約が埋まるほど、次は店舗を増やすべきだと言われるようになりました。私は一席の予約制サロンを一人で営んでいます。応援してくれる言葉だと分かっていても、二店舗目の話になると、うまく返事ができませんでした。
席を増やせば、受けられる人数は変わります。人を迎えることも考えられます。でも、自分がしたかったのは、お客様の話を聞きながら、目の前の髪に向き合う仕事でした。その時間をどう残すのかは、まだ考えられていませんでした。
それでも、成長するなら大きくするしかないと思い、今の予約も詰めていました。施術の終わりに手入れを説明したいのに、次の方が来る時間が気になる。予約はいっぱいなのに、好きだった接客を急いでいる。その状態で店を増やしても、同じことを広げるだけかもしれませんでした。
予約の間に、前のお客様へ伝えそびれた手入れをメッセージで送ることもありました。それは丁寧な対応のつもりでしたが、営業時間の外へ仕事を移していただけでもあります。席を増やす話より先に、今の一日の使い方を見直す必要がありました。
同業者に聞かれた一言
同業の経営者に相談したとき、「何を増やしたいの」と聞かれました。私は売上と答えかけましたが、それだけなら、なぜ二店舗目に気持ちが向かないのか説明できませんでした。
その人は、店を増やすことを否定しませんでした。ただ、店舗数、収入、時間、技術、顧客との関係を、同じ意味で話さない方がよいと言いました。どれを育てたいかで、選ぶ働き方は変わるというのです。
一人で続けることを、拡大できない言い訳のように感じていたのかもしれません。でも、増やしたいものを選ぶことと、何もしないことは違います。私は初めて、二店舗目を出すかどうかより、今の一席でどんな仕事を増やしたいかを考えました。話した後、見ていた予約表が少し違って見えました。
増やしたいものは何か
増やしたかったのは、施術前に悩みを聞く時間と、帰ってからの手入れを説明する時間でした。同じ髪型に見えても、朝に使える時間や道具は人によって違います。そこを聞くことが、私には面白い仕事でした。
ところが、予約の枠は施術の種類だけで決めていました。初めての相談でも、いつものお客様でも、説明に必要な時間を別に見ていません。会計や片付けが延びると、次の接客を短くするしかありませんでした。
まず一部の予約枠から見直しました。相談が必要なメニューには、その時間を含めます。人数をただ減らすのではなく、どの時間が何のためにあるかを明らかにする。予約を受ける前の案内も変え、お客様がどんな相談をできるか分かるようにしました。
鏡の前で相談したいことは、髪型の写真だけでは分かりません。朝、乾かす時間がどれくらいあるか。自分で整えるとき、どこが難しいか。その話を聞くと、私が提案したい形も変わります。相談の時間は、施術と別の飾りではありませんでした。
一席の価値を決める
時間を増やせば、料金も考え直す必要があります。一日で受けられる人数が変わるのに、前と同じ価格のままでは続きません。ただ、話を聞く時間を足したので値上げします、とだけ言っても、納得してもらえるとは限りません。
そこで、自分の得意な施術と、相談を含めて何を提供するかを整理しました。作業の時間だけでなく、準備、片付け、連絡も見ます。忙しい日の売上だけでなく、その一日を無理なく終えられているかを確かめました。
料金を見直すときは、対象と時期を丁寧に伝えました。全員に同じ受け止め方をしてもらえるわけではありません。だからこそ、雰囲気で高く見せるより、どんな仕事を続けるための変更かを自分で説明できるようにしました。一席の価値を、忙しさではなく中身で考える作業でした。
一部の予約で試した後、実際に必要だった時間を記録しました。長く取ればよいという話でもありません。何を前もって聞けるか、どこは対面で話す必要があるかを分けると、丁寧さを保ちながら、予定を読みやすくできました。
紹介を断る勇気
紹介が増えると、何でも応えたくなります。知っているお客様の友人だから、と、自分が得意でない要望を受けて疲れた時期もありました。紹介を断ると、元のお客様まで離れるのではないかと心配していたのです。
でも、期待に十分応えられないまま受ける方が、紹介してくれた人を困らせる場合もあります。今は、できることと難しいことを先に話します。別の技術が得意な人の方が合うなら、本人の希望を聞いて紹介します。
相手の美容師にも、その相談を受けられるか確認します。勝手に連絡先だけ渡して終わりにはしません。同業者はお客様を取り合う相手だけではなく、自分では扱いきれない希望を相談できる相手でもありました。その関係ができてから、得意分野をはっきり言うことへの怖さが少し減りました。
紹介するときは、相手の店の料金や条件を私が約束しないようにしました。直接話して選べる余地を残します。
店舗数で成長を語らない
撮影や着付けが必要な相談では、信頼できる仲間と組みます。自分の店にすべての機能を持つのではなく、必要なときに力を借りる形です。
ただ、一緒にできると言う前に、日程、料金、準備、当日の担当を確認します。私のサロンへの予約だけで全部が確定したように見せないことも大切でした。相手の仕事を、親しいから融通してもらえるものとして扱わないようにしています。
成長の話をするときも、今は店舗数だけを話しません。どんな悩みに対応できるようになったか、誰と組めるようになったか、無理な予約を入れずに続けられているか。それは外から一目で分かる変化ではありませんが、毎日の仕事には効いています。大きく見せるより、続けたい仕事が増えているかを見るようになりました。
悩みの合うお客様
お客様から、悩みの似た友人を紹介してもらうことが増えました。「いつも予約がいっぱいの店」ではなく、「普段の手入れまで一緒に考えてくれる」と伝えてくれていたそうです。
その紹介だと、初回から話しやすくなります。どんな相談をできるかを、ある程度分かって来てもらえるからです。私は無理に得意なことを広く見せず、相手も遠慮せず暮らしの事情を話せます。
すべての予約が理想どおりになったわけではありません。遅刻や変更への対応もあり、時間の見積りを誤ることもあります。そのたびに自分の頑張りだけで埋めず、案内や枠を見直しています。顧客との関係を育てることと、仕事の条件をはっきりさせることは、対立するものではありませんでした。
紹介された方が、最初から自分の希望を話してくれると、私も合うことと難しいことを伝えやすくなります。誰にでも選ばれる案内より、何を相談できる店かが分かる案内の方が、一席の仕事には合っていました。
続けたい仕事の大きさ
二店舗目を出さないと決めたから、将来も絶対に変えないというわけではありません。ただ、周りから勧められた順序ではなく、自分が増やしたいものから選べるようになりました。
同業者の問いがなければ、私は忙しさを成長と呼び、相談の時間を削り続けていたかもしれません。撮影や着付けの仲間に頼れることで、一席のままでもできる仕事の幅は広がりました。一人の店で働くことと、一人だけで仕事を抱えることは違いました。
今は一席だからできる対話と技術を、無理なく続く形で提供しています。髪の悩みだけでなく、普段の手入れや過ごし方もお聞きしています。似合う形を探すところからでも、朝の支度を少し楽にしたいという相談からでも、ご一緒しています。
明日、自分の仕事に持ち帰るなら
顧客理解:売上、時間、技術、顧客との関係のうち、本当に育てたいものは何か。
小さな実証:予約枠を見直し、得意な施術と相談時間を明確にしました。
仕事の境界:得意分野、対応できないこと、遅刻やキャンセルの扱いを丁寧に伝えます。
